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2,500年前、お釈迦様が悟られたのは、あらゆるものは仏の智慧を具え光り輝いている、ということでありました。そして、そのことに気付いて生きていけばよいのだよ、と。

人にやさしく自分にもやさしく

   

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天命に従い、人事を尽す

約1ヵ月ぶりの更新であります。極めてのんびりなマイペースです、はい(^^;)
当然この間、何もしていないわけではなく、むしろ公私とも忙しすぎて、ブログ更新にまで手が伸びなかったということでありますのでご了承の程。

言い訳はこれぐらいにしまして・・・。

さて、この間も色々と勉強やら研鑽をする中で、ふと思ったことがあります。
「人事を尽して、天命を待つ」という言葉があります。読んで字のごとく、一生懸命やることをやって、結果は神仏のはからいとか、おぼしめしにお任せします、という非常に謙虚な姿勢を表わした言葉です。

ただ、無神論者にとってみたら、「やればやった通りの結果が出るだけの話。天命を待つなどというのは消極的な態度だ。」という意見も聞こえてきそうですが、今のこの不況の世の中が逆に幸いしているのか、あまりそういうがむしゃらな意見や態度は減少傾向にあり、まさしく「天命を待つ」姿勢のほうが増えているようにも感じられます。

ところが、この謙虚そうで響きもよく感じられる「人事を尽して、天命を待つ」という言葉、よーく考えたら、欠陥があるのではないかと思いました。

「人事を尽す」だけを切り離してみると、じゃあ、どういうふうに人事を尽すの?という疑問が湧いてきます。もちろん、さまざまな場面で、その時々に正しいこと、やるべきことをキチンとやること、ということではありますが、その時点で、「天命」いわば神仏が願っていることを知らずに、あるいは無視してする努力というのは、結局ムダが多いのではないでしょうか。

つまり、あらかじめよく知っておかなければならないのは「天命」のほうであり、それをよく理解した上で、じゃあ、どのように人事を尽すかという具体論に進んでいけるのだと思います。

要するに、「天命に従い、人事を尽す」という言い方のほうが、より本質をついていると思うのです。

仏教には、「自灯明・法灯明」という言葉があります。以前にも何度か紹介させていただきましたが、かんたんにおさらいすれば、「自分の進むべき道は、他に頼らず自分で判断すべきであるが、その判断基準は、あやふやなものによらず真理・法を基準にしなさい」という教えであります。

神仏の願い、真理・法を追求しつつ、それを道標としながら、他人のせいにしないで自分で進む、ということでありましょう。

「天命に従い、人事を尽す」とは結局、「自灯明・法灯明」を言い換えただけの言葉のようにも感じますが、「自灯明・法灯明」をうまくブレークダウンしているように思え、気に入ってます。胸に秘めて精進してまいりたいと思います。

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SPACE BATTLESHIP ヤマト

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

年末年始は実家(山形)で過ごさせていただきました。1月7日が仕事初めでありましたが、正月ボケに足を引っ張られたり、年末から持ち越した仕事に尻を叩かれたりしてヨロヨロしながら、今日10日になってようやく地に足が着いてきたような感じを受けております。

さてさて、本年一発目のアップは映画の話。タイトルの「SPACE BATTLESHIP ヤマト」を観たのは実は昨年末でありましたが、観たあと、<yahoo!映画レビュー>を拝見すると、それはそれは極端とも思えるような賛否両論のレビューの嵐であり、それらのレビューを読んだ感想も含めて述べてみたいと思います。(私も<レビュー>を書いてます。)

以下は映画の公式サイトです。



「宇宙戦艦ヤマト」は、当時私が中学生の頃、テレビアニメとして放映が始まりました。その頃は、どちらかというとロボットアニメのほうが人気が高く、私も当初は、ヤマトにはあまり興味がありませんでしたが、何度か見ているうちにその世界観、というか宇宙観に引き込まれていった記憶があります。テレビアニメが終了したあと、続編的な内容で何本か映画化され、私は一応その全シリーズを観ています。

今般の「SPACE BATTLESHIP ヤマト」は、従来のアニメの実写版ということで少々興味があり、6歳の娘も「観たい!」というので、これ幸いといった思いで一緒に観に行きました。

率直な感想としては、これはこれで断然良いと思いました。VFXも非常に見ごたえがあり、ハリウッドにも勝るとも劣らない技術が向上し、いよいよこれからの邦画も大いに期待できそうだといった印象を受けました。

ストーリーは、テレビ版の内容をベースとしながら、キャラクター設定は結構オリジナル化が図られており、特にマドンナ役である森雪を演じた黒木メイサさんは、原作とは正反対の男勝りのキャラでしたが、なかなかいい演技をされていたと思います。

また、準主役(主役はヤマトとして)の古代進役を演じた木村拓哉さんも、原作よりもちょいワルなキャラではありましたが、下馬評以上にハマり役だったと思います。

それと敵のガミラス。原作アニメのように人間っぽいキャラだと、例え敵とはいえ、銃を向けるのには罪悪感が伴いそうですが、いわばエイリアンのようなキャラだったので、勧善懲悪としての単純化がうまくいった構成でした。

・・・と、私個人は結構楽しめましたし、他の方のレビューにも絶賛する内容のものがありますが、それと正反対の酷評も絶賛評と同じぐらいあるのにはちょっと驚きました。全体のレビュー数は現在3,000を超えており、その全部を読んだわけではありませんが、酷評レビューはだいたい以下のような意見が共通しているようです。

・原作との相違に対する批判
・脚本に対する批判
・キャスティングに対する批判
・企画・構成に対する偏見

原作と違うからダメというのは論外でしょう。所々オリジナル化されるからこそ、新たな楽しみ方ができるのであって、たんに原作と異なるからどうのこうのというのは偏った見方といえると思います。

脚本は、佐藤嗣麻子さんとおっしゃる、まぁ、どちらかといえば中堅的キャリアの方のようではありますが、そんなに酷いというほどではないと思います。そこまでコキ下ろす人というのは、超一流の脚本家の映画しか観ない、あるいは認めないという思いがあられるようで、これも偏った見方といえるでしょう。

そして最大の批判はキャスティング。アンチジャニーズ、アンチキムタクです。そんなに批判する人達ってなんなんでしょう。ほとんど妬みとしか思えません。

それと、この映画の企画・構想を練った某テレビ局に対する偏見。某ボクシングのタイトルマッチの興行に関わり、独占放映したところのようですが、その悪印象が先入観になっている感じです。映画の中味となんら関わりのないところを批判して、なんの意味があるのでしょうか。

「もっとこうすればよくなる」というような、いわば建設的な酷評はごくわずか。けなしっぱなしのレビューが多過ぎます。もちろん、個人の好みの問題といってしまえばそれまでなのですが、邦画の質をみんなで向上させよう、ひいては、よりよい文化を構築しようとか継承していこうという意識がないのだろうかと、非常に残念な思いになりました。

日本人は物が豊かになり過ぎて、心が荒廃してしまっている一つの象徴なのかなという感じもし、暗澹たる思いにもなりましたが、だからこそ心の豊かさを追求し、広めていくような運動、活動が大事なことであるという思いにもなりました。

こんな思いを今年の抱負として、より進化していける一年にしてまいりたい! そんな思いにならせていただいた映画およびレビュー群でありました。

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問題意識を持つ、とは?

1ヶ月以上間が開いてしまいました。11月から12月にかけて、弊社は年度変わりのため、毎年のことながら多忙を極める時期であります。充実した中味のブログにしたいという当初の方針を貫くため、日々ちょこっと気づいたことなどは<Twitter>のほうでつぶやいておりますので、もしご興味がおありになりましたら、そちらのほうもご覧いただけたら至極光栄に存じます。

さて、「問題意識を持ちなさい」ということを、よく企業などでは幹部や先輩などから言われ、指導いただいていると思います。私も以前の会社に勤務していたときはそうでした。ところで、この「問題意識」とは、何に対して持つことを指すのかを考えるとき、ごく普通には、仕事そのものに対してであることは当然であると思われます。企業ならば、社会貢献ということが一つの理念であることは誰しも理解できますが、そのためには利益が上がらなければ、企業の存続意義は無いわけであって、利益を上げるために売り上げを上げる、コストを下げる、さらに、売れるものを作るというあくなき努力を続けるのが当然であって、そのために問題意識を常に持ち、問題があれば具体的に浮き彫りにし、それを排除するという活動を断つことなく続けなければならないわけです。

ところが、この問題意識を過剰に持ち過ぎると、知らず知らずのうちに否定的、批判的、排他的な感情が生じ、極端にいうと、問題意識を持つこと自体が新たな問題を作っているようなケースも往々にして起こっている感じもします。

仏教では、内省ということの重要性が説かれます。内省に対して、反省という言葉があります。反省とは、問題や過ちを明確にし、それを悔い改めるという、まさに、問題意識を持つことと似ていると考えられますが、内省とは、反省と若干ニュアンスが異なり、一切衆生を救おうとする仏の願いと、自分の願いや行動を照らし合わせ、仏の願いからどれだけずれているかを認識し、仏の境地を目指してあらたな努力をしようと誓願すること、と説かれます。

つまり、周囲に対して問題意識を持つことは悪いことではありませんが、そのことだけでは不十分であり、それ以前に、自分自身に問題がないかどうかを常に意識し、自分を高めていくことが重要であると考えられます。

要するに、「問題意識を持ちなさい」というのは、他に対してだけでなく、それ以上に自分に対して持つことが大事なことなのではないかと思えるのです。

仏は、すべての人間を仏にしたいと願っておられるというのが仏教の教えです。であるならば、人間の側からしたら「仏になりたい!」と願うことこそ、仏の願いに適うことであると思いますし、そのような意味のことが経典にも説かれてあります。メーカーで働くのも、サービス業で働くのも、役所に勤めるのも、究極的には「一人ひとりが神仏の境地にまで達する」ということが最終目的でありましょう。

さらに、周囲に起こってくる問題は、すべて自分が向上するための試練であるという受け止め方ができれば、問題に対して肯定的、積極的な対応ができると思います。

「問題は私の成長の糧」という受け止め方が自然にできるようになりたいものです。

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第二の地球に移住できる?

1ヶ月ぐらい前の新聞記事で、第二の地球が発見されたというのが掲載されていた、という話を聞きました。小生、新聞をとっていないもので(^^;)、さっそくネットで検索してみましたところ、あちこちのサイトがヒットしましたが、<こちら>のサイトが比較的わかりやすいかと思いましたのでリンクします。

この星は、水や空気の存在が確認され、生命体が存在している可能性が高いということで、アメリカでは大きな話題になったそうです。現在の地球に住めなくなったら、その星に移住すればいいみたいな話も冗談半分に盛り上がっているようです。

なにしろ、地球からその星までの距離は20光年。光の速さで飛んで行っても20年かかる距離です。光の速さで20年の距離、なんてサラッと言うと、「そんなもんなんだ」と錯覚してしまいがちになりますが、これまたとんでもない話なんですね。

実際どれぐらいのイメージか、あちこちのサイトを調べましたが、あまり参考になる情報が見つからなかったので、自分で計算しちゃいました。

光の速さで20年。この距離は、ざっと189兆2,160億キロメートルとなります。まだピンときませんね。

人類史上最速のロケットは、2006年に打上げられた「ニュー・ホライズンズ」という太陽系外縁探査ロケットだそうで、このロケットの最高速度は秒速30キロメートルというんですから、秒速30万キロメートルという光の速さのちょうど1万分の1になります。つまり、仮にこの人類史上最速のロケットに乗って飛んでいっても20万年かかる、ということです!

ちなみに、秒速7.8キロメートルで地球を周回するスペースシャトルの速さで行った場合は約77万年、時速300キロメートルの新幹線の速さで行った場合は7,200万年かかる計算になります(笑)

これからどれだけ科学が進歩しても、アインシュタイン博士の相対性理論によれば、物体は光の速さを超えることは不可能だそうなので、第二の地球に移住しようなんて話は、夢のまた夢のまた夢のまた夢をはるかに超えた夢の話、ということですね。

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ARMS DOWN!終了

(遅ればせながら・・・)ARMS DOWN!キャンペーンが、10/4、ニューヨークでのイベントを最後に無事終了しました。↓



日本国内での署名数も、当初の目標である1,000万人を達成し、終えることができたとのことです。

私自身はサブ的な立場でしたので、完全に没頭して署名活動に参加してはいませんでしたが、私なりに、コンビニの店員さんやクリーニング屋さんや床屋さんに署名してもらったり、あとはガソリンスタンドやホテルのフロントに署名用紙を置かせていただいたりして、ほんのわずかながらも貢献できたことがうれしく思っております。

連日連夜、街頭に立って署名活動をされた方の話を聞かせていただくと、快く署名してくださる方はたくさんいらっしゃいますが、手で払いのけられたり、無視されたり、活動そのものを批難したりする人も、街中には少なからずおられたようです。

もちろん、快く賛同して署名してくださるに越したことはないわけですが、必ずしも賛同されない方もいらっしゃるのが現実であり、そういう人に出会うことによって「だからこそ、平和を願って活動することが大事なのだ」と思えたことが、むしろ大きな成果だったという感想も聞かせていただきました。

大調和の世界(=宇宙)からみれば、一つの争いもなく、人も動物も自然も安穏に営まれる世界ということが大きな理想であると思われ、生きとし生けるものすべてが、そのような理想を現実にしたいという願いを持ちつつ生きることが、あるべき姿であろうと思います。

まずは私自身が、小さな争いを一つずつ無くしていくことを心がけ、身近な人から一人でも多くの人に呼びかけていけるよう努力したいと思います。

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荘厳について

またまただいぶ間が開きました。

今回は、「荘厳」ということについて学ばせて頂きましたので、例によってメモっておきたいと思います。

まず読み方と意味について。

荘厳とは仏教用語で、一般には「そうごん」と読まれることが多いようですが、「しょうごん」と読む場合は少し意味が変わるようです。

「そうごん」と読んだ場合は、威厳があって気高い様子といった「状態」を表わす意味になり、「しょうごん」と読んだ場合は、そういう状態を作り出すための「動作」を表わす意味になるということです。

浄土真宗などでは、お供え物を供えたり、きらびやかな仏具を飾って仏壇を整えることを「お荘厳(おしょうごん)」と言うことからも分かります。

次に、荘厳(そうごん)そのものの意義について。

お供え物や仏具で仏壇を整えたとき、その仏壇を見る(拝む)人によって、荘厳の本来の意味である「威厳があって気高い様子」と思えることもあるし、「華美」とか「派手」とか「けばけばしい」という印象をもたれることもあります。

見る人の心によってそれは変わると言ってしまえばそれで終わりですが、どうやら、お供えしたり飾りつけしたりする側の人の心の影響のほうが多分に表われるようです。

つまり、「尊いものをより尊く整えたい」「見る(拝む)人がありがたいと思える心を起こして頂きたい」といった、人の救われを願ってお供え、飾りつけを行なうならば、その心が具現化され、見る人の心にも感応するというのです。ただたんに、「よく見せたい」「立派に見せたい」という思いからは、荘厳な雰囲気は醸しだされず、時に「華美」「派手」「けばけばしい」と感じられてしまうということです。

男女問わず、服装や化粧などにも同じことがいえそうです。外見だけをよく見せようという心では、他人に好印象をもたれず、逆に、質素・簡素な服装であっても、世のため人のためをいつも考えている人のお姿、立ち居振る舞いには、気高さや品格を感じられるものです。

そして、世のため人のためを考えられるようになるためには、やはり、自分自身の尊さを認め、自分を磨くことが大事である、とまあそういうことのようです。

自分を磨くことを、常に意識できるようになりたいものです。

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振り飛車党棋士席巻!

だいぶ間が開いてしまいました。約1ヵ月ぶりの更新です。

さてさて、<第51期王位戦七番勝負>は、昨年の新人王戦で優勝した広瀬七段が4勝2敗で制し、見事王位を奪取しました。ちなみに、王位奪取と同時に、タイトル獲得の規定により、その日に六段から七段に昇段したということです。

広瀬七段、王位戦挑戦者決定トーナメントで、羽生三冠を破ったあたりから、「お、なんだこの棋士は!?」という印象はありましたが、タイトル奪取まで成し遂げるとまでは思っていませんでした。でも、あとからいろいろ調べてみたら、今年度の勝数は、羽生三冠に次ぐ2位につけていたり、勝率も2位と、強さは本物なのかもと思えるようになってきました。

得意戦法は四間飛車穴熊ということで、これで久保二冠に次いで新たな振り飛車党棋士がタイトルホルダーとなったことは、これからのタイトル戦も益々面白くなっていくという期待もあります。

しかし、渡辺竜王もそうですが、最近の若手棋士の間では、穴熊が流行っているようですね。ガチガチに王様を囲って安全にしておいて、あとはもうしゃにむに攻撃するというスタイル、これってどうなんでしょう。はっきり言って、見てるほうはあんまり面白くないんですよね。まぁ、個人の好みの問題といってしまえばそれまでですが、私が観戦していて面白いと思うのは、やっぱ捌き合いですね。それと、先手後手互いに詰むや詰まざるやといったようなギリギリの勝負。

まあ、穴熊攻略法がこれからどんどん出てくると、さらに面白くなる感じもします。

あと、今年の楽しみは、竜王挑戦者に決まった羽生三冠が、今度こそ竜王を奪取して永世竜王そして永世七冠の称号を得ることができるか、というところですね。

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親に対する感謝が出発点

先日、イイ話を聞いたのでメモっておきます。
幼少年期において、人物をつくるのに欠かせない三つの要素があるといいます。

一つ目は「貧乏」。
裕福で、何不自由ない生活を続けていると、ちょっと苦境に立たされると尻込みしたり、へこたれたりしてしまい、いわば我慢がきかなくなってしまうというのです。よく分かりますね。では、本々裕福な家庭はどうしたらよいかといえば、とにかく、子どもが欲するものを際限なく与えるのでなく、我慢させることが必要ということです。

二つ目は「読書」。
これは説明の必要もないほど明白ですね。見聞を広めることはもちろんねらいの一つとしてありますが、たんに文字を読むということだけでも脳を活性化させることにつながります。

三つ目は「母親の看下」。
これが特に大事で、小さい子どもは、親の、とりわけ母親の愛情を肌で心で感じながら成長することによって、愛情が豊かになり、人を思いやる心が醸成され、世のため、人のために働く大人になれるといいます。

昨今の痛ましい事件を見聞きすると、犯罪を犯す人のほとんどは、親の愛情が極度に不足してしまっているのではないかと思われます。

仏教では、全ての子どもは仏さまからの預かりものと教えます。大人には、子どもを大事に、そして立派に育てる義務があることは、改めていうまでもないことですが、その大人が、大人に成りきれていないケースが多々あることが根本的な問題であるようです。

さらに仏教には、どんなにひどい親であろうとも、親を恨んでよいという教えは一つもありません。大人に成りきれていない大人のほとんどは、親を恨んでいる人なのではないでしょうか。「なんといわれようと親を許せない!」という人は、むしろ「私が親を立ち直らせてあげるんだ」ぐらいの気持ちになれるような意識改革が必要でしょう。

とにかく、親あっての私であることはまぎれもない事実なわけであり、親に感謝ができることがすべての出発点であると思います。

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四段ゲット!

第22回参議院議員選挙は民主党の大敗に終わり、結果ねじれ国会が解消されず、民主党では誰が責任をとるのかということが取り沙汰され、サッカーW杯では、タコのパウル君の予言どおりスペインが優勝し、将棋界では、第51期王位戦七番勝負、第23期竜王戦決勝トーナメント(以上、<日本将棋連盟>のサイトからどうぞ)が開幕し、熱い戦いが繰り広げられております。

そんな中にあっても、ヒマさえあれば将棋のネット対戦にいそしむ私は、先日、<毎日jp 将棋段位認定テスト>で、見事アマ四段を獲得することができました!

将棋段位認定テストは、毎週出題される「次の一手」問題に解答し、それを10週続けた結果、規定の点数を得ることによって、点数に応じた段位が認定されるというもの。まあしかし、解答は三者択一形式なので、高得点が出やすいテストではあると思います。

でも、段位認定の免状は、正式に日本将棋連盟が認定するものであるというのですから有り難いじゃありませんか。そこで早速、正式免状を頂戴しようかと、その申請手続きを調べたら、なんと、<四段の免状>の料金は73,500円! ちなみに六段の免状にいたっては262,500円!! ブラウザの表示が化けたのかと思っちゃいましたよ。

いくら価値ある免状だといわれましても、日本将棋連盟の財政はそんなに逼迫してるんですか、と言いたくなってしまいます。

まあ、免状を手に入れなくても、正式に四段を認定して頂けたということに満足して、今後さらに将棋を楽しみたいと思います。

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習慣を変えるためには

一か月以上のご無沙汰でありました。鬼のような忙しさから解放され、ようやく通常業務に戻れたといった感じであります。

ちょっと前に、<親父の小言>というサイトを見つけました。株式会社 山十さんのサイトの中の1ページです。居酒屋のトイレに入ると、よくトイレの壁などに貼られているものを始めとして、人生の教訓がたくさん記載されています。

思わず唸らせられる言葉ばかりですが、それを実生活にあてはめて実行するということがなかなかできない。「タバコは身体に悪い」とさんざん言われ、自分でも重々分かっているのにやめられないということと同じです。習慣を変えるというのは難しいということです。

結局、習慣を変えるために一番手っ取り早いのは、所詮、人間は弱い生き物であり、自分でなんとかするのは難しいので、回りから後押ししてもらうことが効果的です。特に、自分が尊敬する人、敬愛する人から言われたことならば、たいていの人はその通りにするでしょう。

仏教では、「おかげさま」ということがよく言われます。自分の努力のみで全てどうにかなるならば、人はたった一人で、周囲と一切関わらずとも生きていけるわけですが、そうはならない。仕事でもなんでも、ほとんどが周囲の協力、おかげさまによって成り立っているわけです。言い方を変えると、「生かされて生きている」ということです。

常に、生かされていることに感謝することが大事なわけであり、感謝の継続によって、習慣も徐々に変えていけるようになる、ということでありましょう。

とはいっても、まずは「これならできそうだ」ということから変えていく、そういう小さい積み重ねを続けていきたいと思います。

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「実生活に生かせる仏教の追求」をメインテーマとしていますが、趣味の将棋や、その他、時事に絡んだ雑感などなど、気が向いたときに綴っております。どうぞ、おヒマなときに覗いてみてください。
2013年12月より札幌在住。
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