仏教、特に大乗仏教徒の修行には、自分自身を磨いて向上させるための自行と、人に教えを説くことによって人を救う化他行があります。
自分自身を磨き向上させる修行にも色々ありますが、第一には仏壇やご宝前の前でお経を声に出して読んで、神仏や先祖に感謝を捧げる読経供養があります。
最近ふと気付いたことですが、よくよく考えると、神仏や先祖に感謝を捧げる読経供養は、必然的に人の幸せや世の中の平安を祈りつつ行いますので、これもつまりは化他行であるといえます。
また、人に教えを説くことによって人を救う化他行は、説いた教えを聞いてくださる人のおかげで、結局は自分の心が整っていく=救われるわけなので、これもつまりは自行であるといえます。
要するに、自分を救う行も人を救う行も、厳密には区別できないということになりそうです。
さて、自行も化他行も、一言でいうと修行ということでありますが、
<以前の書き込み>で、
10回繰り返すことをモノマネという。
100回繰り返すことを勉強という。
1,000回繰り返すことを練習という。
10,000回繰り返すことを鍛錬という。
ということを書かせて頂きましたが、このたび新たに付け足したいと思います。
100,000回繰り返すことを修行といい、
1,000,000回繰り返すことを精進という。
そういえば、心理学・教育学・社会学博士の
<小林正観氏>が、「ありがとうを100万回言うと奇跡が起きる。」ということを著書で述べておられました。尋常でない回数ですが、とにかく、よいことを日常茶飯事繰り返すことはとても大事で、良いことに違いはないようです。
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