大型GWを挟んでだいぶ間が空いてしまいました。約2週間ぶりの更新です。
仏教の根本思想に、私たちの命は仏(=真理、法則)に生かされている、というものがあり、このことは何度も書かせて頂いております。「生かされている」ということはなんとなく分かったつもりになっていましたが、意外に抽象的な言葉であったことにも気付かされました。これをより具体的にいうならば「育てて頂いている」ということだ、ということを最近学ばせて頂きました。
私たちには必ず両親がいます。中には、実の両親の顔を知らないという人もいるかもしれませんが、それでも血のつながったお父さんとお母さんが一人ずついる(いた)ということは紛れも無い事実であります。両親の両親、そのまた両親とどんどんさかのぼっていった大勢の親のことを先祖というのは一般常識でありますが、さらに無限の過去までさかのぼっていったときに、最終的にたどりつくのが神仏ということです。これはあらゆる宗教の根本思想であり、万教同根(ばんきょうどうこん:全ての宗教の根っこは同じ)といわれるゆえんであり、宗教というカテゴリのみならず、科学的にも疑いようがありません。
つまり、今現在の私があるのは、一人ひとり親(育ての親も含めて)に育てられた結果であり、親はそのまた親に育てられという具合にどこまでもたどることができ、すべては命の元である神仏から育てられているということであります。(もちろん、親以外の周囲からの支えも頂いておりますが、基本的にという意味で。)
ときには優しく、ときには試練を与えられることもあります。やさしさと厳しさの両方が必要であり、一つひとつクリアしていくことが成長であるといえます。
こういう見方をすれば、現在の世界の脅威となっている新型インフルエンザは、神仏が人類に与えた試練であるとも受け取れます。もちろん、直近の具体策を講じることは重要なことであり、それもこれも人類全体が成長する糧であるともいえるわけです。間違っても、なにかの祟りだなどと考える必要は全くありません。
親は子が立派に成長してくれることを望んでおり、子から見れば立派に成長することが育てて頂いていることへの恩返しであります。
どんな問題にも冷静にかつ力強く取り組む心構え・姿勢が大事だと思います。
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